親御様がご高齢になり、「認知症になって銀行口座が凍結したらどうしよう」「実家を売却して介護費用に充てられなくなったら困る」といったご不安から、家族信託(民事信託)を検討される方が増えてまいりました。
しかし、実際の現場で作成された公正証書などを拝見しておりますと、「親御様が亡くなられた後のことまで本当に想定されているのだろうか」と強い危機感を抱くケースが少なくありません。
家族信託を検討されるご家庭は、信託の対象となる不動産や預貯金など、ある程度まとまった資産をお持ちであることが大半です。そして現実として、財産があるからこそ、相続が発生した際に思いもよらないトラブルへ発展してしまうのです。
家族信託を真の意味で安心できる対策にするためには、生前の管理だけで満足せず、親御様が亡くなられた直後の実務まで見据えた備えが欠かせません。まずはその盲点について分かりやすく解説いたします。
世間一般で紹介されている家族信託の多くは、「親が認知症になった際にお金の出し入れをスムーズにする」「施設入居のために不動産を処分できるようにする」といった、生前の資産管理ばかりに焦点が当てられています。
しかし、信託という仕組みは、原則として親御様(委託者・受益者)が息を引き取られた瞬間に役目を終えます。生前の仮のルールはそこで終了し、そこから先は「本当の相続」が始まります。
信託契約の中で、信託が終了した後の残余財産(残ったお金や不動産)を誰が引き継ぐのか(帰属権利者の指定)が曖昧であったり、他のご兄弟の遺留分への配慮が欠けていたりすると、親御様が亡くなられた瞬間に深刻な争いが生じる原因となります。
生前に特定の受託者(財産を預かっていたお子様)がお金を動かしていたことに対して、他の相続人から「親の財産を勝手に使っていたのではないか」と疑心暗鬼を生んでしまうケースも少なくありません。
家族信託を用意していても、実務の現場で決定的な盲点になりやすいのが「死後事務委任契約」です。
親御様が亡くなられた直後には、悲しみに暮れる間もなく、現実的な手続きが一気に押し寄せてまいります。
これらの泥臭い実務は、財産を誰に分けるかを決める「遺言」や、遺産を分ける権限を持つ「遺言執行者」の役割だけでは法的にカバーしきれない領域が多く存在します。
生前に「死後事務委任契約」を締結しておかないと、誰がその手続きを行い、誰が費用を立て替えるのかで、残されたご家族の間で真っ先に軋轢が生まれてしまいます。特に相続人間で揉めている場合、立て替え費用の精算すらできなくなる事態に陥りかねません。
家族信託と死後事務委任契約によって、生前の財産管理と息を引き取られた直後の泥臭い実務まではスムーズに乗り切ることができます。
しかし、資産をお持ちのご家庭において、本当の試練はここから始まります。
親御様が亡くなられてから迫り来る「10ヶ月以内の相続税納付」のタイムリミット、そして焦りから判断を誤る「遺産分割協議の罠」です。次回【後編】では、家族信託を最終的に破綻させないための「公正証書遺言」と「遺言執行者」を組み合わせた出口戦略について詳しくお伝えいたします。